日本の誇る、パワフルなライブパフォーマンスで、
イベントや開店宣伝を賑やかに華やかに!
東京の若手実力派チンドン屋です。

パフォーマンス中など、お電話に出られない場合がございます。

留守番電話にメッセージをお願いします。

東京都立川市
  1. 大高 シゲミ

大高 シゲミ

チンドンさかえや代表(チンドン・ゴロス・サックス・歌など)

大高 シゲミ

チンドン屋として街でお仕事をしていると、必ずと言っていいほどかけられる言葉があります。

「なつかしいね〜」「めずらしいね〜」

そして、

「まだチンドン屋やってる人がいるんだね〜」

 

そうなんです!

確かに全盛期に比べるとチンドン屋のお仕事も、チンドン屋をやっている人も少なくなっています。

でも頑張って、こうやって生き残っております!!

私のように若い者たちに(業界では一応、まだ若手です…)、細々ながらも脈々と、受け継がれています。

まずはそのことを多くの方に知っていただきたくて、「チンドンさかえや」を立ち上げ、このホームページを開設いたしました。

 

なつかしいだけじゃない、めずらしいだけじゃない、

日本の誇る、パワフルなライブパフォーマンスをあなたの元へ。

全国各地・世界各国どこへでも。

どうぞ、「チンドンさかえや」をご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。

 

  1. Facebook https://facebook.com/shigemi.otaka

出身地東京都立川市
生年月日5月12日
血液型O型
趣味プロレス観戦 口琴

休日の過ごし方

ちょっと遠くまでゆっくりとお散歩 楽器や歌の練習

略歴

国立音楽大学音楽学学科卒業。民族音楽への興味からチンドン屋の音楽に魅かれ、在学中より「チンドンよしの」に弟子入り。5年間の修行の後フリーとなり、老舗から若手まで数々のチンドン屋との仕事を経験。2013、2014年の全日本チンドンコンクールでは準優勝チームのメンバーとして活躍。2014年に「チンドン さかえや」を旗揚げ。

その他に、ヴォーカリスト、ミヤマカヨコ氏と共に「アホンダラ大久保楽派」としても活動中。

ミヤマカヨコHP

 


 なんでチンドン屋になったの?

きっかけ

小さい頃よく歌を歌っていた私は、その才能を見込まれ(??)、ピアノを始めそれなりの音楽教育を受け、
音楽大学に進みました。
その音大生時代、研究発表会のテーマに取り上げ、卒論も書いたことが、チンドン屋になったきっかけです。

(ちなみに、その研究発表の資料が、Wikipediaの「チンドン屋」の項に参考文献として挙げられています。)



音大にまで行って、なんでチンドン屋なの!?

よく聞かれる質問です。
なかなか説明するのが難しいのですが、
初めてチンドン屋に出会ったとき、
「私の求めていたもの、私のやるべきことはこの中にある!」と直感しました。
知れば知るほど、やればやるほど、それは確信になっていきました。

 

私の、音楽に対する想いはけっこう複雑です。
素直に好きとはいえない時代が長く続きました。
特に小学生時代は、ピアノの先生とそりが合わず、つらい思いもしました。
それでも、音楽の持っている何かに魅かれ、必死でしがみついてきた、そんな感じです。

 

音大で音楽学を専攻したのも、なんで私は音楽を続けてきてしまったのか、
その答えを見つけたかったからです。

それから、中学3年生の夏休みに、興味のあったモンゴルへ行った経験も影響しています。
現地の子供との交流会で日本の歌を披露することになり、『浜辺の歌』を歌いました。
もちろん、日本人の作曲した日本の歌で、大好きな歌でもあるのですが、
本当の意味で、これって日本の音楽なんだろうか、というめんどくさいことに気づいてしまったのです。
モンゴルのダイナミックな自然の中で、日本に比べると原始的ともいえる生活をする人々の、力強くて美しい瞳の前に立ち、この曲を日本の音楽として歌っている自分に、本能的に違和感を感じました。
もっと堂々と、これが日本の(もしくは私の)音楽です、といえるものがきっと他にあるはずだ、それを見つけたい、

と思いました。


そして、その答えが、チンドンの音楽の中にあった、という感じでしょうか。


音大生時代

小学生時代に植えつけられたトラウマから、ピアノに対する苦手意識が強く、
また、西洋音楽一辺倒の音楽教育に対しての疑問もあり、
まずはもっぱら、各国の民族音楽やポピュラー音楽にそのヒントを求めました。

音楽学学科は、幅広いジャンルの音楽を学ぶ機会に恵まれていました。
実技としても、長唄三味線の授業を受け、ガムラン(インドネシアの伝統音楽)研究会に所属し、
頭から身体から、いろんな音楽を吸収して行きました。
世界はとっても広いとも感じたし、とっても狭いとも感じました。
何を音楽と呼ぶのかということすら、実は難しいことだと知りました。

 

でも、学べば学ぶほど、どの音楽にも距離感を感じていきました。

ガムランは素晴らしい音楽です。

伝統が、今も生き生きと人々の生活に根付いている様子に憧れました。

長唄の世界も、とても素晴らしい世界です。

日本の風土・気候・気質に合わせて研鑽されていったその世界は、まさに素晴らしい日本の文化です。

でも、なんだかどれも、本当に理解することはできないんだろうな、と思ってしまうのです。

つまり、かみ砕いて言うと、

「インドネシア人じゃないからなぁ」とか「長唄はちょっと私にはおハイソすぎるんだよなぁ」

といった感じです。

 

さてそんな中、いよいよ研究発表会を担当する、3年生になるときが近づいてまいります。


研究発表会・チンドンとの出会い

音楽学学科の研究発表会は、毎年3年生が中心となって、ひとつのテーマを約1年間かけて共同で研究し、発表する場です。

何をテーマにするのか、話し合いが重ねられました。

私は、日本のもの、大衆的なものがいい、というのと、論文を読むだけじゃなくて実演を交えた発表会にしたい、

と考えていました。

浪曲?歌舞伎?沖縄音楽?などといった候補を挙げながら、

何かの調べもののついでに目にして、なんとなく気になっていた「チンドン屋」も挙げてみました。

すると一人が「うちの地元で、毎年チンドン屋のコンクールがある」というではありませんか。

そうなんです。全日本チンドンコンクールの行われている富山県出身者がいたのです。

それなら彼女に多少の馴染みはあるし、そのコンクールもちょうどこれからの春休みに見に行ける!

ということで、それからはチンドン屋について調べる日々。

そして運命の、チンドン屋との初遭遇の時がやってきます。

 

池袋から夜行バスに乗り、早朝、富山に到着しました。

今思えば、まさに嵐の前の静けさとはこのことか、といった街のなか、

その開始を待ちました。

いよいよ、出場チンドン屋が一堂に会してのオープニングセレモニーが始まります。

会場へ足を踏み入れると、

色んな色・色・色・・・見たこともない恰好をした人たちがウヨウヨウヨウヨ・・・

「わー!なんだこれー!!」

そして合同演奏の爆音でさらに

「わー!なんだこれー!!すげー!!!」 

頭の中のいろんなものがぶっ飛びました。


いままでさんざん、長々とごちゃごちゃ書いてきて、

え?けっきょく、それ??

とお思いでしょうが、

スミマセン。それ、なんです…

言葉には、できないんです…

 

 

おかげ様で、研究発表会も大成功を収め、

取材を通して知り合った「チンドンよしの」さんにお仕事も出させていただけるようになり、

晴れて、チンドン屋としての人生をスタートすることになりました。

 

実際お仕事をしてみても、毎回、新しい発見の連続で、すっかりどっぷり、この世界にはまってしまいました。

見ず知らずの街の人たちとのほんの一瞬の出会いの中に、会話が生まれ、笑顔が生まれる。

そしてそこに音楽があること。それが本当に楽しくて、嬉しいんです。



音楽って、なんのためにあるの?

そもそも、音楽ってなんのためにあるのでしょう?
音楽が無くたって、人は死ぬわけではありません。
効率的で合理的な生き方を目指せば、音楽に費やしている時間は無駄でしかないでしょう。

でも人は、世界的に見ても、歴史的に見ても、音楽のある生活を選んできたようなのです。

 なんのために音楽があるのか。

その問いは壮大すぎて、とうてい私には答えられそうにありませんが、

自分にとっての答えは、日々、チンドンの中に見出しています。

 


チンドンさかえや

電話番号:090-7805-9765

所在地 :東京都立川市


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